大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)634号 判決

上告人 田島太郎(仮名)

被上告人 山中明(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

論旨は、要するに「被上告人は、継祖母山中ミネの死亡により、その遺産を相続した」旨の原審の判断は法律の適用を誤つたものであると主張し、その理由として、(1)ミネと同人の継子田口一雄の子である被上告人等との間には、はじめから準血族関係(継親子関係)を生じない、(2)かりに生じたとしても、右準血族関係は、大正一五年二月○○日、ミネが夫田口正治と共に田口家を去つて山中家に入り、被上告人等と家を異にした時に消滅したものである、(3)かりに、その時に消滅しなかつたとしても、その後、昭和六年二月○○日ミネの夫正治が死亡した時に消滅したものであるというのである。

よつて先ず右(1)について按ずるに、継父母と継子との間に継親子関係が生じた後、継子に子が生まれ、その子が継子と家を同じくする継父母の家に入つた場合は、右継父母と継子の子との間には準血族関係が生ずると解すべきである。(大審院大正六年(ク)第三四八号、同年一二月二六日決定参照)。そして原審挙示の証拠によれば、被上告人は、ミネとその継子田口一雄との間に継親子関係を生じた後に右一雄の子として生まれ、かつその当時一雄と家を同じくするミネの家に入つたことが明白であるから、これにより、ミネと被上告人との間に当然準血族関係が生じたものというべきであつて、(1)の所論は採用できない。

次に(2)について。「家を同じくすること」は、なるほど、継親子に基く準血族関係を成立させる要件であるが、しかし、なんらその存続のための要件ではないと解するを相当とする。したがつて、ミネと被上告人との間に生じた準血族関係は、単にその後、両者が家を異にするに至つたというだけでは、未だ当然消滅したということはできない。論旨引用の判例は、準血族関係成立の要件に関するもので、なんらその存続の要件に関するものでないから、いずれも本件に適切でなく、(2)の所論も採用し難い。

(3)について。本件においては、ミネは、その夫田口正治が死亡した後に田口家を去つたものではなく、ミネと正治とが相携えて田口家を去つた後に正治が死亡したのであるから、旧民法七二九条二項所定の場合に該当しないのであり、かかる場合ミネの夫正治が死亡しても、これによりミネと被上告人との準血族関係は消滅しないと解するのが相当であつて、(3)の所論も採用することを得ない。

以上、要するに、原審が、ミネと、同人の継子亡一雄の子である被上告人との間に準血族関係の存在を認め、ミネの死亡により被上告人がその遺産相続をしたと判断したのは相当である。(なお、原審は、被上告人の外、一雄のその他の子も亦、被上告人と共にミネの遺産を相続した旨判示しているが、この点は原判決の主文に関係はないから、本件においてはその当否を判断する必要はない)。それ故本論旨は理由なきものである。

同第二、第三点について。

所論は、いずれも論旨第一点の正当なることを前提として原審の認定、判断を非難するものであるが、しかし右前提自体失当であることは、すでに説明したとおりであるのみならず、原審挙示の証拠資料によれば、原審のなした所論認定、判示は十分首肯できるから、論旨は採用に由なきものである。

同第四点について。

しかし、原審の認定によれば、所論建物の敷地は被上告人の所有に属することが明白である。それ故、たとえ所論の如く、右建物は、これを解崩し、もはや現存しないものがあるとしても、現にその登記が存在する以上、被上告人は、右敷地の所有権に基いて、その抹消登記を請求できるものと解するのが相当である。(大審院昭和四年(オ)一〇五二号、同年一二月六日言渡判決参照)。そして本件記録によれば、被上告人は右敷地の所有権に基いても亦、所論登記の抹消を請求していることが認められるから、これを認容した原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官井上登は退官につき本件合議に関与しない。

(裁判長 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二六年(オ)第六三四号

上告人 田島太郎

被上告人 山中明

上告代理人弁護士山中伊佐男の上告理由

(序説)

原判決はその理由に於て、「当裁判所は原判決書に示された理由と同一の理由により、被控訴人の本訴請求を正当と判定するから、ここに右摘示の理由を引用する。」旨判示しているので、第一審判示摘示の理由について案ずるに、原審は左の点につき事実を誤認し、法律の適用を誤つている。

(第一点)

一、原判決摘示の理由の冒頭に「本件不動産がもと訴外山中ミネの所有であつたこと、同訴外人が原告の主張の日時死亡したこと、及び原告が田口正孝、同正雄、同由子、同美徳とともに、ミネの夫亡山中正治(昭和六年二月○○日死亡)と先妻との間に出生した長男一雄の子であることは、いずれも当事者間に争がなく、ミネが山中家の家族であつたこと及び一雄が同訴外人の死亡に先立ち、昭和八年九月死亡したことも亦成立に争のない甲第一号証の一、同第二号証の二により明らかであるから、他に特段の事由の存しない限り、原告等五名は継祖母の死亡に因りその遺産を共同相続し、本件不動産につき各自五分の一の持分ある共有権を取得したものと認定するが相当である。」と判示した。

二、即ち原審は被上告人の兄弟五人と、ミネとの間に継親子関係を認め、「原告等五名は、継祖母の死亡に因りその遺産を共同相続した。」旨を判示し、全く法律の適用を誤つている。

即ち、

(一) ミネは明治三十八年十月○日田口正治と婚姻し、正治の家に入つた。正治の家には先妻サチとの間に一雄、ハナ二人の子が居つたので、ミネと一雄、ハナとの間には継親子関係が生じたことはいうをまたぬ。

(二) 正治は大正十五年二月○○日隠居し、長男一雄が田口家を相続した。

(三) 正治は、大正十五年二月○○日妻ミネと共に正治の姉山中トシの家に入籍した。この入籍と同時にミネと正治の子、一雄、ハナとの間の継親子関係は消滅したのである。

いうまでもなく、継親子関係成立の要件は「家を同じうすること」にあること従来の判例学説の一致した見解で、今日これを変更する理由はないからである。(大判、明治四二、一二、一三、民録九五一頁。同明治四三、二、一〇、民録六二頁。同大正六、八、二二、民録一一九三頁。同大正一四、六、二四、新聞二四三二号等)

(四) 正治は山中家にあつて、そのまま昭和六年二月○○日死亡た。正治と死別したミネと田口家にある正治の子や孫との関係は愈々完全に断たれたといつてもよいであろう。

元来継親子関係はその両者の間に止まり、継子の子と継父母との間には親族関係を生じないし、殊に本件の如く継子と継母が家を別にし、継母より実父が先きに死亡した場合、生存せる継母と継子との間の親族関係は完全になくなるものと信ずる。

(五) いいかえれば、もともと、ミネとその継子である一雄の子である被上告人等五人との間には継親子関係は生じないが、仮に生じたものとしても、前記ミネと正治とが田口家を去つて山中家に入り被上告人等とその家を異にしたときに右継親子関係は消滅しており、仮にこの時に消滅しないとしても、正治が死亡したときには完全に継親子関係は消滅している。

(六) 従つて、右いずれの時にか、上告人と被上告人等五人とは全く親族関係がなくなつているのだから、被上告人等五人がミネの遺産につき遺産相続を開始する理由はない。

(七) 原審は此の点に関する法律の適用をあやまり、「被告人等五名がミネの死亡により、その遺産を共同相続し本件不動産につき各自五分の一の持分ある共有権を取得したもの」と認定したのは違法というべきで、原判決は当然破毀せらるべきである。

(第二点)

一、原判決は其の理由に於て、「本件不動産の前示所有権取得登記は、原告主張のように原告その他の遺産相続人が幼少で事情に通じないのを奇貨とし、且つミネが単身であつたところから、被告が同人の氏名印章を冒用して同人死亡後勝手にこれが手続をしたものと思われ、有効な登記原因を欠く無効のものといわなければならない。」と判示しているが、前示第一点に述べたように、原審は継親子関係ひいては遺産相続関係について誤解をしていたため、かかる錯覚をしたのであつて、全くの事実誤認といわざるをえない。

二、前述の如く、正治、ミネ夫婦は大正十五年二月○○日田口家を去つて山中家に入つたが、昭和六年二月○○日正治死亡し、其の後相続手続もない儘昭和八年十二月○日ミネ死亡、次いで昭和九年五月○日トシも死亡し、昭和十三年九月○日正雄が選定相続の上入籍するまでは全然在籍者はなく、親族一同山中家を捨ててかえりみない状態で、ミネが病床にあつも田口家の者は正雄といわず被上告人といわず誰一人として看病すらしない状況であつたことは、証人森田カメ、田島トメ、北畠重忠及び被告本人供述によつても明らかである。

三、さればこそミネについては、死亡に至るまで上告人が面倒を見てやり、その負債までも引受けた結果、ミネは其の所有の本件不動産の所有権を上告人に移転したので、その間ミネの甥に当る訴外森田五郎がミネの負債を引受けてくれるならばこれに与うる意思もミネは持つていたが、結局訴外五郎がミネの負債を引受けることを拒んだので、やむをえず上告人が引受くるに至つたのである。

四、従つて原判決摘示のように、「遺産相続人が幼少で事情に通じないのを奇貨として」あたかも遺産相続権を侵害したかの如き事実は全く存在しえず、この点に関する前記認定は継親子関係並びに遺産相続に対する誤解より生じた事実誤認の違法ありといわざるをえない。

(第三点)

一、原審は、上告人の取得時効の抗弁に対し、「前段認定に資した証拠資料に徴するときは、所有の意見を以て占有を始めるのにつき、過失がなかつたものということができないこと明らかであるから、被告の該抗弁も亦理由がない。」と判示し、これを排斥した。

二、何を以て「過失がなかつたものということができない。」と認定したのか、原審はその具体的理由を示さず、ただ「前段認定に資した証拠資料に徴するときは」というに過ぎない。

そうだとすれば、原審はさきの認定の通り「遺産相続人が幼少で、事情に通じないのを奇貨とし」遺産侵奪をくわだてているという間違つた先入観を以て、そのまま「過失」の裏付けとなしているものと思われる。

三、前述の如く、ミネの病床にあるときは、田口家の者つまり正治の縁故者は誰一人見舞う者とてなく、上告人が主として看護、扶養してやり、ミネの負債まで引受けた関係上、ミネは其の所有する本件不動産を上告人に所有権移転したのでその実情については少しの無理もなく、又当時山中家には正治の姉トシが残存するばかりで、これ亦老齢のため何時死ぬかわからぬ状況であるため、いつかは山中家は後継者がなく断絶する運命にあるものと誰しも考えたことであつた。

むしろ上告人としては、本件不動産を自己の物として占有するについても一つも危惧するところなく、遺産相続人の権限を侵害する等の考えは毫も有しておらなかつた。

従つて上告人は、其の占有の始め善意無過失であつたことは明らかである。

四、此の点に関し原審は、遺産相続権侵害との先入の見に基き、事実を誤認しているものということができる。

(第四点)

一、原審は別紙目録第二の(二)記載の建物につき、「被告が従前存在した右建物を解崩して、その跡にこれと別個の建物を新築した事実を推知することができる。」と判示しながら「たとえ斯様な事実があつたとしても、それが従来の建物について被告の一旦負担した所有権取得登記の抹消登記手続義務に、何等の消長をも来すものでないと解するが至当である。」と説示している。

二、登記原因の無効等の事由によつて、抹消登記手続を請求する権利は、実体法上の権利者が登記簿上の権利状態との齟齬を排除して自己の権利を保全せんとするものであるから、物権の保全を目的とする物権的請求で権ある。

従つて登記請求権は、常に物権と運命を共にするものというべきである。

三、本件に於て、前記第二の(二)記載の建物は上告人の建築にかかるもので、上告人の所有に属すること明らかであるから、これに対して抹消登記請求を求むる実益もなければ理由もない。

即ち此の点に関する原審の前記認定は、法律上の判断に誤謬ある違法の認定といわざるをえない。

以上

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